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高知地方裁判所 昭和50年(レ)1号 判決 1975年10月21日

控訴人 蓼原広之

被控訴人 岡崎美津喜

右訴訟代理人弁護士 白石晴祺

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因(被控訴人)

1  被控訴人は、原判決別紙目録記載の農地(以下本件農地と称する)を所有している。

2  控訴人は本件農地を耕作して占有している。

よって被控訴人は控訴人に対して、所有権に基き、本件農地を、その耕作物を収去して、明渡すことを求める。

二  請求原因に対する認否(控訴人)

請求原因1は否認し、同2は認める。

三  抗弁(控訴人)

1  控訴人は、昭和三一年春頃、被控訴人の代理人蓼原元喜から本件農地を代金一万円で買い受けた。

2  取得時効

控訴人は右買受当時(昭和三一年頃)から、本件農地を、自己の所有であると信じるにつき過失なく耕作して占有を始めた。

よって控訴人は右占有開始時より一〇年経過した昭和四一年頃本件農地を時効により取得したので、これを援用する。

四  抗弁に対する認否(被控訴人)

抗弁1は全て否認し、同2のうち占有のみ認め、その余は否認する。

五  再抗弁(被控訴人)

控訴人は、本件農地が自己の所有でないと知って、占有を始めた。

六  再抗弁に対する認否(控訴人)

否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因について

≪証拠省略≫によれば、被控訴人は、本件農地を所有していたことが認められ、また控訴人が本件農地を耕作して占有している事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁1について

≪証拠省略≫によれば、被控訴人は夫幸(いわゆる婿養子)と共に、高知県吾川郡春野町秋山で、被控訴人所有の農地約三反余りを耕作し、夫はそのかたわら採石の事業をしていたが、昭和三一年頃、夫の事業が失敗したため、夫と離婚するとともに、農地その他家屋敷を第三者に売却して、同年九月、農業をやめ、高知市へ転居して現在に至っていること、右売却は全て代理人によったこと、その代理人の一人に蓼原元喜がおり、同人には家屋敷全部と農地の一部分(本件農地をふくむ。)の売却を依頼したこと、控訴人は同年右蓼原元喜から本件農地を代金一万円で買受けたこと、の各事実が認められる。被控訴人は本件農地のみは将来子が成人した暁には墓を守って、こゝに帰住するつもりで売却しなかった旨供述するけれども、他方同人は春野町を去るまでは従前どおり本件農地を耕作しており、高知市に出る直前には苗代田にしていたものをそのままにして高知市に転住したと述べており、しかも以後約二〇年にわたり捨ててかえり見なかったというのである。被控訴人供述のように本件農地のみを売却せず、まして将来帰住の地とするのであれば、他人に耕作を依頼するとか、管理を託すとか今少し管理の方法が採られていた筈であり、本件農地のみを前記のように売却処分から除外していたとの供述は到底そのまゝ容認し難い。尤も控訴人側においても売買を証する文書などを所持していないが控訴本人の供述、その態度から窺える同人の能力程度等に照らしその供述には信を措くことができる。他に前記認定を左右する証拠はない。

三  ところで、右売買契約自体は前記のとおり有効に成立しているものの、右は農地の売買であるから、農地法三条の許可を受けない以上その効果が生じないものであるから、右許可の点につき、何ら主張立証のない本件にあっては、控訴人は本件農地の所有権を取得する途はなく、控訴人は、一応本件農地を何ら権限なく占有しているものと解せざるを得ない。

しかしながら、前記認定の諸事実に≪証拠省略≫を総合すれば、右のように本件売買契約自体が有効に成立していること、右売買契約時たる昭和三一年以来現在に至るまで、控訴人は本件農地を自ら耕作し続けていること、被控訴人は高知市へ転居した昭和三一年以来、春野町秋山へは時々墓参りに来たことがあっても、本件農地には何ら考慮を払わず、一回として見廻りに行ったことがなかったこと、しかるに昭和四八年一一月に春野町役場から耕地整理のため、本件農地の所有者としての同意を求める書面が被控訴人に来るや、本件農地の返還を求めて交渉し、結局本訴の提起に至った事実が認められる。(右認定に反する証拠はない。)そうすると、被控訴人は右通知により初めて自己名義で本件農地が存していることを知り自ら耕作することが不可能であり、かつ自ら前記売買契約により農地法に基く許可申請手続、並びに所有権移転登記手続に協力すべき義務を負担するのにかかわらず、本件農地の返還方を提訴したものといわねばならない。しかして、農地法の趣旨は、いわば自作農主義とも称すべきものであって、この建前をくずすような農地の権利移転行為を制限することに主眼があるのであり、控訴人の本件農地の占有は右趣旨に反するものでないばかりでなく、自作不可能な被控訴人の本訴請求を認容したとすれば、かえって右趣旨に反する結果となること等の事情に全認定の諸事情を総合考慮すれば、被控訴人の本訴請求は権利の濫用であって許されないものであるといわねばならない。

四  なお控訴人は本件口頭弁論において被控訴人の本訴請求は権利の濫用である旨の主張をしていないが、右権利の濫用と判断する基礎となった事実中の主要部分については、口頭弁論において、控訴人或は被控訴人から主張されている(特に原審第一回口頭弁論期日における被控訴人の訴状陳述)のであるから、前記権利の濫用である旨の判断は何ら弁論主義に反するものではない。

五  以上の次第で、被控訴人の本訴請求は理由がないから、これと異なる判断をした原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 合田得太郎 裁判官 浦島三郎 東畑良雄)

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